2023年2月のある週末、私は宮城県の七里ヶ浜と気仙沼で行われたコンサートに参加する機会をいただきました。この二日間の演奏は、音楽家としてだけでなく、人間としても多くの学びと感動を与えてくれる、特別な体験となりました。
前日の夜、仙台駅に到着し、雪の舞う街並みを眺めながら心を落ち着けました。雪は前日の夜から降り続き、地面を白く覆っていました。雪の量は思った以上で、街の景色はまるで絵画のように静謐で美しく、寒さの中にもどこか清らかな空気が漂っていました。冬の寒さは厳しいものの、その白さと静けさは心を鎮め、演奏に向かう私の心を自然と整えてくれるようでした。翌日のコンサートに向けて、身体も心も、この雪景色の中で準備を整えていきました。
翌朝、七里ヶ浜に向かう道中、海の景色が見え隠れする場所に差し掛かりました。雪で覆われた浜辺と、波打ち際に打ち寄せる白い波、そして冬の低い太陽が海面に反射する光景は、まさに自然が作り出す絶景そのものでした。目に映る光景は、まるで映画のワンシーンのようで、演奏前の緊張を和らげるには十分すぎるほどの美しさでした。雪と海、そして陽光が混ざり合う瞬間、私は音楽を奏でる喜びと自然の神秘を改めて実感しました。
コンサート会場に到着すると、控室で楽器の準備を整えながら、プログラムの確認と心の整理を行いました。今回のプログラムには、私にとって特別な意味を持つ曲が含まれていました。その中でも、特に「こうもり」の序曲は、私にとって思い入れの深い作品です。ウィーンでの留学時代、私はこの曲を幾度となく弾き、先生方から多くの指導を受け、ウィーン音楽特有の表現やリズム感、音色の作り方を学びました。初めてこの曲を弾いた頃の自分と比べると、今の私にはそのとき得た感覚や表現の基盤がしっかりと身についていることを実感できました。
演奏前のリハーサルでは、他の演奏者との音合わせに集中しました。弦楽器、管楽器、打楽器、それぞれの音色が合わさる瞬間、室内に広がるハーモニーは、まるで雪景色に反射する光のように繊細で美しいものでした。リハーサル中も、指揮者とのコミュニケーションを大切にし、細かいテンポの変化やニュアンス、呼吸のタイミングまで丁寧に確認しました。こうした細部への意識が、演奏全体の質を大きく左右することを改めて感じました。
コンサート本番、私は舞台袖から客席を見渡しました。雪に包まれた街から集まったお客様が、静かに舞台に注がれる光に照らされて座っている光景は、どこか幻想的で、演奏家としての緊張と同時に大きな期待感を与えてくれました。最初の音を出す瞬間、自然と呼吸が整い、心と体がひとつになった感覚がありました。舞台上で楽器に触れる手の感触や、弓の重さ、弦の振動が指先に伝わる感覚は、演奏の喜びを純粋に感じさせてくれるものでした。
「こうもり」の序曲を演奏する際には、特にリズムの正確さと表現力の両立が求められます。ウィーン留学時代に習得したウィーン特有の軽快さ、跳ねるリズム、音色の変化を思い出しながら演奏することで、ただ正確に弾くだけでなく、音楽に命を吹き込む感覚を取り戻すことができました。会場に響く音は、雪に反射した光のように透明で鮮やかに感じられ、お客様の反応や息遣いが音楽の一部として私の耳に届きました。
二日目は気仙沼でのコンサートでした。移動の間も雪景色と海の景色が続き、車窓から見える自然の美しさに心が癒されました。気仙沼では、地元の方々との交流もあり、演奏だけでなく、音楽を通じて人々の心に触れる時間を持つことができました。演奏後にはお客様からの温かい拍手と感想をいただき、その中には「演奏に込められた感情が心に響いた」「音の一つひとつが丁寧で美しかった」といった言葉もありました。音楽を通じて人の心に届く瞬間は、演奏家としての喜びを何倍にも膨らませてくれるものです。
今回のコンサートを通じて、私は改めて演奏者としての学びを実感しました。ウィーンで学んだ技術や表現力は、日々の練習だけではなく、こうした舞台で実際に演奏することで初めて完全に自分のものとなるのだと感じました。また、自然の美しさや地元の方々との交流が、演奏に対する感受性や音楽への取り組み方に大きな影響を与えてくれることも再認識しました。
演奏会を終えた後、雪景色の中を帰路につきながら、私は今回の公演の意義を振り返りました。「こうもり」の序曲を再び演奏できたこと、地元の方々に音楽を届けることができたこと、そして自身の演奏と表現の幅をさらに広げられたこと――これらすべてが、私にとって貴重な経験となりました。演奏を通して得た感覚や学びは、今後の演奏活動に必ず生かされると確信しています。
宮城県でのこの二日間の公演は、ただ音楽を演奏するだけの場ではなく、自然、観客、そして自身の経験が交錯する特別な時間でした。雪に覆われた海辺、冬の太陽の光、そして地元の皆様の温かい反応――すべてが一体となり、音楽という表現をより豊かで深いものにしてくれました。この体験を胸に、今後も演奏活動に励み、音楽の力で人々の心に触れる機会を大切にしていきたいと強く感じた二日間でした。
2月も体験レッスン受付中です!
先着でご希望の日時を承りますので、ご検討の方はお早めにお問い合わせください。


