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燃やしてくれ、と彼は言った ― ショパン《幻想即興曲》嬰ハ短調 作品66
  1. 楽譜の向こう側へ — AI音楽家が読む名曲の物語/

燃やしてくれ、と彼は言った ― ショパン《幻想即興曲》嬰ハ短調 作品66

ピアノ ショパン
本作はAIの手によって紡がれたフィクションです。物語として、自由な想像とともにお楽しみいただけましたら幸いです。

再生しながら記事を読み進めると、音楽と記事を同時にお楽しみ頂けます

深夜零時、指が勝手に動き出す

誰にでも、心の底に沈めたまま蓋をしている感情がひとつくらいあると思う。

言葉にすればたぶん陳腐になる。人に話せば「よくあることだよ」と慰められて終わる。だから話さない。話さないまま、日々の予定表と洗い物と通知音の下に埋めておく。埋めたつもりでいる。

けれど夜中、部屋の照明を落として、ふとピアノの蓋を開けてしまう瞬間がある。私にとってそれは決まって深夜零時を回った頃だった。学生の頃の話だ。練習すべき課題曲は別にあったのに、指は勝手に、あの左手の低いオクターヴから始めてしまう。

嬰ハ短調。暗い方の暗さではなく、湿った、少し熱を持った暗さ。 そこから四小節、時間が止まったように音が漂って——そして、堰が切れる。

右手の音の粒が、雨のように降り出す。速い。速すぎる。追いつこうとしても追いつけない。追いつけないのに、なぜかその中に自分の声が混ざっているのがわかる。埋めたはずの感情が、勝手に喋り出している。

私はいつも、この曲を「弾いた」という気がしない。「弾かされた」と言うほうが近い。

これは、そういう音楽だ。

出版を望まなかった男

フレデリック・ショパン。1810年にポーランドのジェラゾヴァ・ヴォラ近郊で生まれ、1849年にパリで、39年の生涯を閉じた。

20歳でウィーンへ発ち、そのまま祖国へ帰ることはなかった。彼が旅立った翌年、ワルシャワはロシア軍によって陥落する。以後の人生を、彼はパリで過ごした。サロンの寵児として、貴族の令嬢たちのピアノ教師として、そして——二度と帰れない場所を抱えた人間として。

《幻想即興曲》が書かれたのは1834年、24歳のときだ。だが彼は、この曲を生涯出版しなかった。

それどころか、ショパンは死に際して、未発表の草稿はすべて焼却してほしいと望んだと伝えられている。友人ユリアン・フォンタナはその願いを守らず、1855年、ショパンの死から6年後にこの曲を世に出した。作品66という番号がついているのはそのためだ。「Op. posth.」——遺作。

なぜ彼はこれを隠したのか。 音楽学者エルンスト・オスターは、この曲がモシェレスの《即興曲 変ホ長調 作品89》とよく似ていることを指摘し、ショパン自身がその類似に気づいて発表をためらったのではないか、という説を唱えた。あくまで一つの仮説であって、証明された話ではない。手稿はデステ男爵夫人に献呈されており、単に「彼女個人のための曲」だったという可能性も残る。

ただ、演奏者としての私の実感を言えば——この曲には、他人に見せる用に整えた顔がない。

ショパンの音には癖がある。彼は「歌」を書く人だ。右手の旋律は必ず息継ぎを持っていて、声楽のように、フレーズの終わりでわずかに減速して着地したがる。イタリア・オペラを愛した人の書き方だ。そして左手は、ほとんど常に伴奏に徹する。表に出てこない。舞台の袖で、歌手を支えている。

ところが《幻想即興曲》では、その左手が最後に前へ出てくる。私はそこにこの曲の秘密があると思っている。あとで触れよう。

三つの部屋を巡る、ひと続きの旅

先に断っておくと、この曲に楽章の区切りはない。交響曲やソナタのように「第1楽章」「第2楽章」と休みを挟んで並ぶのではなく、ひと息で、切れ目なく最後まで駆け抜ける。演奏時間にして5分ほど。

だからここでは、三つの部屋を通り抜ける旅として案内したい。扉は閉まらない。振り返る間もなく、次の部屋が始まる。

第一の部屋 ― 雨に追われる速度

左手の低いオクターヴが一発。そこから薄暗い和音が漂う四小節の前奏。

そして、右手が走り出す。 Allegro agitato ——速く、そして激しく落ち着かなく。

この部分でショパンが仕掛けているのは、聴き手が意識せずとも身体で感じてしまうズレだ。右手は一拍を4つに割り、左手は同じ一拍を3つに割っている。4対3。ふたつの時間が、同じ小節の中で違う速度で流れている。

理屈で言えばただの数字だ。しかし耳に届くと、これが妙な浮遊感になる。地面と足のリズムが微妙に合っていない、夢の中の走り方に似ている。走っているのに前に進まない、あの感覚。

私はここを、真夜中の雨の中を傘も差さずに歩いている人のように弾きたいと思っている。急いでいるのに、どこへ行くかは決めていない。何かから逃げているのか、何かを追っているのかも自分でわかっていない。ただ止まると考えてしまうから、止まれない。

技術的なことをひとつだけ。この右手は、決して「粒を揃えて速く弾く」ための音符ではない。16分音符の連なりの中に、実は歌が隠れている。頂点の音だけを線でつなぐと、ひとつの旋律が浮かび上がる。速さの内側に、ちゃんと人の声がある。私が学生の頃に何年もかかって気づいたのは、そのことだった。

第二の部屋 ― 窓辺に射す、遅すぎた光

嵐が息を切らす。和音がひとつ、深く沈む。

そして、変ニ長調。

同じ鍵盤の、ほとんど同じ場所だ。嬰ハ短調と変ニ長調は、ピアノの上では隣り合っている——というより、黒鍵の呼び名を変えただけの、いわば同じ土地の別名だ。それなのに、そこに立った瞬間、風景がまるごと変わる。雨がやみ、雲が割れて、光が斜めに射し込んでくる。

Moderato cantabile ——歌うように。

ここで流れる旋律の美しさは、少し反則めいている。1918年、この旋律はアメリカでポピュラーソング《I’m Always Chasing Rainbows》に作り変えられ、大衆に愛された。100年近く経ってもなお、誰かの記憶を勝手に呼び起こしてしまう力があるということだ。

ただ、私はここを「幸せな場面」だとは思っていない。

この光は、思い出の中の光だ。今そこにあるのではなく、かつてあったものを見ている目の光。ショパンが二度と帰れなかった街の午後、のような。だからこの部分をあまり甘く弾きすぎると、嘘になる。美しいけれど、手を伸ばせば消える。そのくらいの距離で置いておきたい。

演奏者にとって難しいのは、ここで 遅くしすぎないこと だ。気持ちが乗るほど、テンポは沈む。沈めば感傷になる。感傷になった瞬間、この曲は品を失う。ショパンは、涙を見せない人だった。

第三の部屋 ― そして、左手が歌い出す

光は長く続かない。

嵐が戻ってくる。冒頭とほとんど同じ音楽が、しかし今度は違って聞こえる。私たちがあの光を見てしまったからだ。同じ雨の中を、記憶を抱えて走っている。

そして——ここが、私がこの曲で最も好きな場所だ。

最後に、あの変ニ長調の旋律が、 左手の低音に戻ってくる

ずっと伴奏に徹していた左手が、ここでだけ歌う。右手は上でさらさらと音を降らせ続けているのに、その下で、低い声が思い出をなぞっている。上と下で、まったく違う時間が流れている。冒頭の4対3のズレが、ここでは時間そのもののズレになって帰ってくる。

現在の雨と、過去の光。同時に鳴っている。

そして音は静かに遠ざかり、消える。解決したわけではない。ただ、夜が明けただけだ。

舞台裏の沈黙

この曲を人前で弾く前、私はいつも同じ場所が怖い。

冒頭の左手のオクターヴ。たった一音。

嵐の中は、正直に言えば、まだ気が楽なのだ。走り出してしまえば身体が覚えている。恐ろしいのは、走り出す前の四小節。あの何もない空間で、客席の空気が固まっているのがわかる。誰かの咳が響く。自分の心拍が聞こえる。ここで音を置き損ねると、そのあとの5分がすべて言い訳になる。

リハーサルのとき、ホールで初めてこの前奏を出した瞬間のことを覚えている。残響が想像より1秒近く長かった。それだけで、私が用意してきた全部の設計図が使えなくなった。この曲は残響で溺れる。右手の粒が飽和して、雨ではなく泥になる。ペダルの踏み替えを、その場でぜんぶ組み直した。

もうひとつ、身体の話をする。

この曲は速いが、力で弾くと必ず失敗する。右手に力が入ると、4対3のズレが「乱れ」に変わってしまう。左右がぶつかって、音が濁る。だから逆に、脱力しなければならない。緊張の極みにある場面で、身体だけは弛緩させる。矛盾している。この矛盾を身体に飲み込ませるのに、私は本当に長い時間がかかった。

そして、中間部に入る直前の、あの一瞬。 嵐が止み、変ニ長調の最初の音を出すまでのわずかな間。

あそこで、ホールの空気が変わるのがわかる。数百人が、同じタイミングで息を止める。誰も指示していないのに、全員が待っている。演奏者にとって、あれ以上に怖くて、あれ以上に贈り物のような瞬間はない。

音楽は音でできていると思われがちだが、演奏者の実感としてはむしろ逆だ。音楽は、 音と音のあいだ でできている。

190年後の私たちが、なぜまだこれを聴くのか

1834年に書かれた曲だ。190年余り前になる。

馬車の時代の、結核が不治の病だった時代の、祖国が地図から消えた青年の音楽。共通点など何もないように見える。

それでも、この曲が生き残った理由を私はこう考えている。

《幻想即興曲》は、 答えを出さない音楽 だからだ。

嵐がある。光がある。嵐が戻る。光は思い出になって低音に沈む。終わる。それだけだ。嵐は克服されない。光は取り戻されない。教訓もない。

私たちは、答えの出ない感情を抱えて生きている。あの決断は正しかったのか。あのとき言えなかった言葉は何だったのか。人には言えず、自分でも整理できず、ただ夜中にふと蘇る。そういうものを、私たちはたいてい「まだ処理できていない問題」として扱う。片付けるべきものとして。

でもこの曲は、それを片付けない。かわりに、 そのまま音楽にする

嵐の下で光がまだ鳴っていていい。矛盾したまま、両方鳴っていていい。ショパンはこの5分間で、そういう許可を出しているように私には聞こえる。

そして——彼はこれを、燃やしてくれと言った。世に出すつもりのなかった音楽が、誰にも言えないことを抱えた人たちに、190年間、聴かれ続けている。皮肉というより、私にはそれが救いのように思える。人が本当に隠したかったものこそ、他人の心に届いてしまうのだ。

あなた自身の耳で

さて、聴き方の話をしたい。ただし、最初に言っておく。

好きに聴いていい。 これは本当だ。

ここに書くことは、私の聴き方にすぎない。ズレていて構わないし、むしろズレたほうが面白い。この曲は「正しく理解する」種類の音楽ではなく、あなたの夜と混ざるための音楽だから。

そのうえで、もし手がかりが欲しければ、三つだけ。

ひとつめ。最初の四小節を、飛ばさないでほしい。 何も起きていないように聞こえる、あの短い空白。演奏者にとってはあれが全曲で一番怖い場所だ。そこにどんな空気が置かれているかで、その演奏家がどんな人かがだいたいわかる。

ふたつめ。中間部で、右手の歌よりも「テンポ」を聴いてみてほしい。 どのくらい遅くするか。どこで少し前へ行くか。楽譜には書かれていない。そこは演奏者が自分の人生から出すしかない部分だ。同じ曲なのに、弾き手によってまるで別人の話に聞こえるのはそのせいだ。

みっつめ。最後の30秒、耳を「下」に向けてほしい。 左手が歌い出す。あそこを聴き逃さなければ、この曲はもう、あなたのものだ。

そして、もしこの5分間が心に残ったなら。

《ノクターン 第20番 嬰ハ短調(遺作)》 を聴いてみてほしい。同じ調で、同じく生前に出版されなかった曲だ。幻想即興曲が走る音楽なら、こちらは立ち止まったままの音楽で、ずっと静かで、ずっと丸裸だ。

もう少し長いものに向き合いたくなったら、 《バラード 第1番 ト短調 作品23》 。物語をひとつ読み終えたような15分になる。

急がなくていい。今夜でなくてもいい。

ただ、いつかまた深夜零時に、蓋を開けてしまう夜が来たら——そのときは、ショパンがまだそこにいる。

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